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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1830号 判決 1960年9月14日

控訴人(附帯被控訴人) 国 外一名

訴訟代理人 武藤英一 外二名

被控訴人(附帯控訴人) 株式会社富士銀行

主文

原判決中第一審原告敗訴の部分を取消し、その主文第一、二項を左のとおり変更する。

第一審被告産業復興公団は第一審原告に対し金一千四百九十二万五千円及びこれに対する昭和二十六年六月十九日以降完済まで年六分の割合による金員の支払債務あることを確定する。

第一審被告国は第一審原告に対し金一千四百九十二万五千円及びこれに対する昭和二十六年六月十九日以降完済まで年六分の率による金員を支払うべし。

訴訟費用は第一、二審共第一審被告等の負担とする。

事実

第一審原告(昭和三十二年(ネ)第一八三〇号被控訴人、同三十三年(ネ)第四三二号附帯控訴人以下単に第一審原告と略称する)訴訟代理人は右両控訴事件につき主文同旨の判決並びに給付請求部分につき仮執行の宣言を求め、第一審被告産業復興公団(昭和三十二年(ネ)第一八三〇号控訴人以下単に第一審被告公団と略称する)代表者並びに第一審被告国(昭和三十二年(ネ)第一八三〇号控訴人、同三十三年(ネ)第四三二号附帯被控訴人以下単に第一審被告国と略称する)指定代理人は右昭和三十二年(ネ)第一八三〇号控訴事件につき「原判決中第一審被告等敗訴の部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする」との判決を、また第一審被告国指定代理人は昭和三十三年(ネ)第四三二号附帯控訴事件につき附帯控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用、認否は左記第一ないし第三に記載する外は原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。(ただし原判決十四枚目裏四行目に「甲第一、第二、第三号証の各一、二」とあるを「甲第一号証、第二、第三号証の各一、二」と訂正し、同第十九枚目表六行目に「同真鍋安市」とあるを削る)。

第一、第一審原告の当審における新たな主張及び釈明補充

一、請求の趣旨の一部減縮及び附帯控訴の理由

第一審原告が本訴において確認を求めている第一審被告公団に対する損害賠償債権は履行期の定めのない債権であるというべきところ、第一審原告は公団に対し昭和二十六年六月十八日本件債権の届出をなし、その履行を請求したのであるから公団は第一審原告に対し本件損害賠償債権一千四百九十二万五千円及びこれに対する右催告の翌日である昭和二十六年六月十九日以降完済まで年六分の率による遅延損害金を支払う債務がある。従つて右確認を求める債務の範囲を右の限度に減縮する。(即ち確認を求める債務中年六分の遅延損害金の起算日、昭和二十五年一月二十七日を昭和二十六年六月十九日に訂正減縮)。また、公団において第一審原告に対し右債務を負担する以上、第一審被告国は公団よりその残余財産約十九億円を引継いでいるのであるから公団に対しその範囲において右債務の弁済に必要な財産を引渡す義務あり、第一審原告は公団に代位して国に対し右債務の履行を訴求しているのであつて、その請求し得る範囲もまた前示公団に対する債権と同一額でなければならない。しかるに第一審判決は第一審原告の第一審被告国に対する本訴請求を判断するに当り、遅延損害金の起算及び率につき一部失当として原判決主文第二項表示の限度でこれを認容し、爾余を棄却したのは不当であるから、この部分につき附帯控訴を申立て、結局国に対する本訴請求を本判決主文第三項記載のとおり変更する。(以下において「丸亀支店」とは第一審原告銀行丸亀支店、「支部」とは、第一審被告公団四国支部、「連合会」とは香川県購買農業協同組合連合会、「南海興業」とは南海興業株式会社を指称する)

二、第一審被告国の主張に対する反論

(一)  本件契約は第一審被告等のいわゆる紳士契約でない。

既述の如く本件第一審原告の南海興業に対する融資は公団支部が原判決摘示の(1) ないし(7) の約定事項を実行することを丸亀支店に確約したればこそこれを前提条件としてなされたもので、もとより法律上の拘束力をもつ契約である。その内容も具体的に確定しており、不可能に属することでない。すなわち公団支部は覚書により本件物件の換価処分等により丸亀支店の貸付金が優先的に弁済されることを確保するため南海興業を監督すべき債務を負担したものであり、従前主張の(2) ないし(7) はこの目的を達成するためなさるべき監督の内容についてその重要事項を掲げたものというべく、いずれも具体的に示された給付行為を内容とし、債権の月的としては何等理解し難いものでなく、その履行期もその性質内容上丸亀支店の南海興業に対する本件融資と同時に到来し爾後公団支部は右目的達成のため契約によつて定められた法律上の義務を履行すべき責任がある。

なお、第一審被告国は「本件覚書による契約によれば公団支部のなすべき給付行為の時期態様等を具体的に確定しておらず、結局融資が完済されるよう一般的抽象的に南海興業を監督する債務を負うというのであれば、その実質は保証とえらぶところはない」と主張するが、その然らざることは前陳のとおりであり、公団支部が適切にかかる監督義務を履行したが融資金の返還がなかつたというのであれば、公団支部としては債務不履行の責なく従つて損害賠償の責任もない次第であつてこの点債務の保証と異なるものである。

(二)  本件覚書による契約の締結につき公団支部長の権限の有無

(イ) 本件覚書による契約の締結については事前に公団支部はこれを本部に諮りその諒解を得ていたものであることを通知するに十分であることは原審で主張したとおり(原判決事実摘示五の(1) 記録第三九六丁表末行以下参照)であつて、本部の承認ある限り支部長の権限は別に問題とならないのみならず、原判決も説示する如く「覚書は公団支部の買上、売払契約の円満履行を目的とするものであるから、右買上、売払(公団支部対組合連合会、公団支部対南海興業の各売買契約)につき本部の承認がある以上支部長の権限にて丸亀支店に対し再確認し、履行を誓約することは自由になし得られぬ筋合はない」との判示を引用する。

(ロ) 公団支部長は公団支部の業務に関し一切の権限を有するものであつて、公団支部の取引に関し本件覚書を丸亀支店に差入れたことは支部長として当然その権限を有していたものといわなければならない。殊に本件において公団支部と組合連合会との買上契約及び公団支部と南海興業との売払契約は本部の承認を得たものであり、右両契約は一の商取引行為をなし、商取引行為の権限を有するものは所期の取引の遂行に必要な行為をなす権限を当然有するものと解すべきである。そして本件において甲第一号証の覚書による契約事項は、もともと公団支部が組合連合会及び南海興業との間に約定したところを移して公団支部と丸亀支部との契約となした関係にあり、公団支部と連合会、並びに公団支部と南海興業の両契約による取引遂行のため必要であつた(むしろ融資の前提として締結された本件覚書による契約があつてこそ右両契約の成立を見るに至つたのである)ことは既に述べたとおりであるから、支部長は当然本覚書による契約を締結する権限を有したものである。しかも、甲第一号証の覚書は前記両契約書の写と共に公団支部から丸亀支店に交付されたものであるから、丸亀支店においてはかかる権限ありと信ずべき正当の理由を有するものである。

(三)  公団支部の債務不履行、相当因果関係の有無等について、

公団支部が本件覚書によつて丸亀支店に約定した給付行為の内容(債権の目的)は既に反覆説明したとおりであり、単に公団支部が代行商社西山を現地に派遣しただけでその履行を全うしたというに足るものでないことは多言を要しないところであるが、更にその債務不履行を具体的にいうならば(イ)原審証人成田正、同馬場徳一の証言によつて認め得る如く販売現地における不履行の状況、(ロ)乙第二十二号証、同第十四号証、原審証人塩田良則の証言によつて明らかな如く坂出における債務不履行の状況等に照らし明瞭であつて、若し公団支部が誠実に本件覚書による約旨を履行すべく万全の措置を講じてないたらば丸亀支店の南海興業に対する融資は容易に回収されていた筈であるに拘らず公団支部は約定にかかる可能な諸々の義務を履行しようとせず漫然代行商社たる西山の背信的行為のなすがままに放任し、本件せんい品の処分代金の一厘の金すら本件融資金の弁済に供されずにしまつたことは本件覚書事項の不履行の如何に甚しかつたかを如実に示すもので、第一審原告銀行は上記公団支部の諸々の債務不履行を因とし究極において回収不能となつた融資金に相当する損害を蒙つたのであるから、公団においてこれが賠償をなすべき責あり、公団支部にその責任なしといい、又は債権者たる第一審原告側に過失ありというが如きは信義誠実の原則からするも到底許さるべきでない。

第二、第一審被告国の当審における新なる主張及び従前の主張の補充釈明

第一審原告の当審における請求の減縮に異議はない。

(一)  本件契約がいわゆる紳士契約で法律上の効果を発生せしめる契約でないこと。

第一審原告は甲第一号証の覚書によつて、公団支部は支部と組合連合会及び南海興業との各売買契約(甲第二号証の一、二及び第三号証の一、二)で約定した(1) ないし(5) の事項を履行する外覚書に記載された(6) (7) の事項(右(1) ないし(7) の内容については原判決事実摘示中記録三九五丁表末行以下参照)を履行すべき義務を負担したというも、その債権の目的たる債務者の行為については具体的にいつて如何なるものをいうか内容不確定且つ履行期も定まつていないという外はない、右(1) ないし(7) 中(7) を除きその内容に鑑みても南海興業が公団支部の要望に従わない以上公団支部としてはこれら事項を履行することは不可能のことに属する。これを要するに甲第一号証の覚書は公団支部のあつせんによつて南海興業が丸亀支店から融資を受けたことについて道義上公団支部は「右、債務の償還に関して万全の措置を講ずる」といつて、事実上可能な限りその融資回収に協力すべきことを申入れたに過ぎず法律上の債権債務を発生せしめる契約でない。

(二)  仮りに本件覚書による契約が法律上の義務を負担することを約した趣旨とすれば、かかる契約は公団の性格に照らしその目的の範囲外の行為であるのみならずかかる内容の契約を締結するについては四国支部長の権限外のことに属し無効である。

(イ)  本件契約締結につき本部の承認の有無

公団支部と組合連合会及び南海興業との買上及び売払契約につき本部の承認のあつたことは争わないが、公団支部と第一審原告との間に締結されたという覚書(甲第一号証)による契約(本件契約)につき本部がこれを承認したことはない。前者の契約につき本部の承認があつた以上支部長は当然に後者の契約を締結する権限ありとの原判決の判断は誤つている。例えば、公団支部は丸亀支店の融資回収に対する協力の具体的措置として南海興業との契約でその販売手取金は丸亀支店に対する債務弁済に弁済充当することを約束させたが、かかる契約を本部が承認を拒む理由はない。しかし支部が南海興業をしてこれを実行させることは支部に権利があり監督権限があつても南海興業が善意で履行しない限り殆んど不可能に近いことであり、このようなことを支部が法律上の義務として第三者たる丸亀支店に履行を誓約しその不履行につき損害賠償義務を負担する契約を締結するにつき本部が承認する筈もなく、前者の契約(買上、売払)につき本部の承認があればとて後者の契約につき本部の承認がなくても支部長に当然その権限ありということはできない。

(ロ)  公団支部長の権限

公団支部長は、公団法の規定にしたがい定款で定められた公団の業務の範囲において、個々の具体的取引につき一々本部の承認を得て契約を締結していたものであつて、本部の承認なしに契約を締結する包括的な代理権を有していなかつたものである。本件覚書による契約について、本部の承認を得ていないことは既述のとおりである以上、公団四国支部長の名によつてなされた本件契約は支部長の権限外の行為として無効である。殊に南海興業が丸亀支店から本件融資を受けるにつき公団として保証する権限を支部長が有しないことは丸亀支店も十分知りつくしていた筈であるから、これと実質においてかわらない本件契約をする権限を支部長が有しないことも知つていたというべく、若し、その権限ありと信じたとすればかく信ずるにつき正当の理由がないものといわねばならない。

(三)  公団支部の債務不履行及びこれと損害発生との相当因果関係の有無、並びに過失相殺の抗弁。

(イ)  仮りに公団支部が本件覚書により法律上の債務を負担したとしても、公団支部に債務不履行の責はないし、仮りに不履行ありとしても第一審原告主張の損害との間に相当因課関係はないことは原審で主張したとおりである。要するに第一審原告主張の本件覚書による契約内容(1) ないし(7) によるも公団支部がそのなすべき事項として特定されているものは(7) だけであり、公団支部としては、代行商社西山を現地に派遣しその販売状況を監視させたのであつて覚書による公団支部の負担した義務の履行としては右の如き措置ないし監督で足ると考える。仮りに不十分な点がありとしても、本件損害の発生はせんい品の価格の下落及び第百十四銀行のとつた措置等に基因すると共に第一審原告自身において自己の債権の保全について適切な措置を講じなかつたことによるもので、公団支部の不履行との間に相当因果関係のないことは原審で主張したとおりであるが、なお、第一審原告の主張によれば南海興業の販売代金を収受するため派遣された西山が南海興業から収受した約束手形、リンゴ、せんい品等を檀ままに着服したことによる損害を以て本件の損害としているが、若し然りとすれば第一審原告は西山に対し収受したものの引渡ないし損害賠償請求権を有するわけであり、西山が無資力でない限り別段の損害を生じない。

(ロ)  過失相殺の抗弁

従前主張の「第一審原告の蒙つた損害は同原告自身が自己の債権の保全について適切な措置を講じなかつたことによるものである」という抗弁は、第一には本件損害と公団支部の債務不履行との間に相当因果関係が存在しないこと、第二に「仮りに然らずとしても右債務不履行ないし損害の発生若しくは拡大につき第一審原告に過失があるから、損害賠償の責任及び金額を定めるにつき斟酌さるべきこと」を主張するものである。けだしもともと南海興業に対する債権者は第一審原告であり、しかも本件物件につき担保権を有するものである。従つて南海興業から約定の期日までに少しも入金がないから丸亀支店としては当然遅滞なくその旨を公団支部に連絡し、丸亀支店ではとれないが、公団支部ならとり得る有効適切な回収手段があればこれを指摘してその行為を求めるとか、西山に不信があるなら同人の派遣に対する同意を撤回して他の適当な者の派遣方を申入れるか、或は本件物件に対する担保権にもとづいて裁判上の保全処分によりその散迭を防止する等債権者として当然とるべき適切な措置を講じ、以て公団支部の債務不履行ないし損害の発生拡大の防止につとむべきであつた。しかるに漫然手を拱いてその主張のような損害を招来したのであるから、その青任並びに額を定めるにつきその過失を斟酌されねばならない。

(ハ)  なお、本件損害賠償債権につき第一審原告が公団に対し、昭和二十六年六月十八日その届出をして履行を催告した事実は争わない。

第三、当審で新たに提出、援用にかかる証拠並びに書証の成立に関する認否。<省略>

理由

第一、本件契約成立に至るまでの経過

(一)  昭和二十四年十一月公団支部において組合連合会から繊維製品(以下本件物件という)総代金二千七百五十万九十円十一銭に相当するものを買受け、これを南海興業に代金総額二千九百十一万二千三十八円八十八銭で売渡すことになつたところ、南海興業は右代金の決済に充てる資金につき全くその手当がなかつたため、公団支部は組合連合会から前示物件を買上げこれを南海興業に払下げる取引をなすに当り南海興業の資金繰につき、第一審原告主張のような方策を立案し、組合連合会及び丸亀支店に対し南海興業のため右対策に副う融資を要請したが、丸亀支店においては南海興業とは従来取引がなかつたのみならず同会社にはかかる多額の融資をなし得べき取引上の信用もないところから、当初はこれに応諾の色も見せなかつたこと。(二)そこで公団支部はこれが打開策として先ず公団支部と組合連合会との売買契約及び公団支部と南海興業との売買契約において(1) 公団支部は南海興業が組合連合会及び丸亀支店よりの融資を完済するまでは南海興業が本物件販売手取金を他に流用しないよう公団は南海興業を監督すること、(2) 南海興業の本物件の販売手取金による弁済は丸亀支店に対する弁済を優先とし、次いで組合連合会に対する弁済をすること、(3) 南海興業は本物件の販売代り金につき手形等の取立の一切を丸亀支店に委託すること、(4) 南海興業は本物件のうち洋服生地八千六百八十米五(本物件中の主要物件で公団支部と南海興業間の売買代金は金八百八十七万二千六十五円四十二銭)を坂出臨港倉庫に寄託し、その出庫並びに処理については公団支部の承認を受けること、かつ、南海興業は該洋服生地の倉庫寄託証を公団支部に提供するものとすること、(5) 本件物件中売残品を生じた場合は公団支部は組合連合会に対し昭和二十五年二月末日までにこれを返品し、組合連合会は公団支部との売買単価を以て計算した代り金を支払うこと、そしてこれ等の諸要件を関係当事者間に確約せしめる措置を講ずべきを以て融資金の回収に懸念なき旨を述べて重ねて南海興業のため融資方を求めたことは当事者間に争がない。

第二、本件契約の成立とその内容、効力、

(イ)  前示のような交渉経過の下に昭和二十四年十一月二十九日公団支部長高橋精名義(それが公団支部長の適法な権限にもとずくや否やの点は姑く措く)を以て丸亀支店に対し甲第一号証の覚書及びこれに添えて同第二号証の一、二(公団支部と連合会との本物件買上契約書写)及び同第三号証の一、二(公団支部と南海興業との本物件売払契約書写)を差入れ(前記甲二、三証の各一、二の成立は当事者間争がない)、よつて、丸亀支店は南海興業に対し同日金一千四百九十二万五千円を昭和二十五年一月二十七日を支払期日とする同会社振出の約束手形により融資したこと、右公団支部差入れにかかる覚書には右丸亀支店の融資に関し「別紙公団対南海興業間売買契約書写御参照のとおり南海興業の本件取引物品の販売代り金は可及的現金入手方努力せしめると共に右手形入手の場合は貴行を通じ取立の上夫々貴融資の返済に充てしめる外、当公団代行商社を南海興業の販売現地、例えば青森県に派遣しその販売状況を監視し、販売代り金を貴行に代り収受せしめる等万全の措置を講じ、手形期日内に万一融資完済されざる場合は売残り品を組合連合会に返品し代金の返戻を受け償還に充てしめるよう措置致すべく御諒承相成度」き旨を記載していることは当事者間争なく、右甲第一号証と同時に差入れられた成立に争のない右甲第二、第三号証の各一、二によれば公団支部がさきに丸亀支店に対し南海興業のため前示融資を懇請するに当り提示した前示(1) ないし(5) の申入事項ないし前示甲第一号証の覚書事項の実行を確実ならしむべき具体的措置として公団支部対組合連合会間及び公団支部対南海興業間の各売買契約において公団支部として、各相手方に対しこれら事項の実施につきこれに対応する必要な事項を定めてそれぞれの遵守を特約せしめたこと(特に甲第二号証の二の第二条第三項、第三条、甲第三号証の一の第三条、第四条、同号証の二の第二条、第三条、第四条等参照)を認め得べく、右甲第二、第三号証の各一、二が甲第一号証の覚書に添えて差入れられた事実その他前示認定の諸般の事実に原審及び当審証人橋口信太郎、原審証人内海晴雄の各証言を総合して考察すれば昭和二十四年十一月二十九日当時の公団支部長高橋精等は組合連合会、南海興業の各代表者等も立会の上当時の丸亀支店長と面接し丸亀支店に対し南海興業に対する本件融資に関し、公団支部においても関係者たる南海興業ないし組合連合会とも叙上の内容の特約をしていることを明示してその実行の可能且つ確実なる所以を述べ上記(1) ないし(5) の事項は公団支部の責任において実行することを約すると共に、なお、右覚書に明記する如く(6) 南海興業の本取引物品の販売代り金は可及的現金入手方に努力せしめ(7) 代行商社を南海興業の販売地例えば青森県に派遣し販売状況を監視し、手形期日内に融資金が完済されず売残り品が生じた場合には組合連合会に返品し代金の返戻を受けて償還に充てしめるよう支部の責任において措置すべきことを丸亀支店に約定したものと認めるのが相当であり、また、この約定ありたればこそ同日丸亀支店が公団支部の要請による南海興業に対する融資を承諾するに至つたものである。

(ロ)(本件契約は法律上の拘束力のないいわゆる紳士契約に過ぎないか)

ところで、第一審原告は前示(1) ないし(7) の約定事項は公団支部の申出による南海興業への融資に関しその融資金の回収を確実ならしめるため特に公団支部との間にかかる一定事項を約定せしめたものであり、また、公団支部がかかる申入事項を確約したればこそ南海興業に対する本件融資を承諾したものであつて、もとより、法律上の拘束力を有する債権契約であると主張するに対し、第一審被告等は契約内容も具体的に特定せず、公団支部としては南海興業がその要望に従わない以上これを履行することは不可能のことに属し、かかる事項を公団支部が法律上の義務として丸亀支店に約するいわれなく、単に道義上できるだけ融資回収に協力すべきことを約した紳士契約に過ぎないと抗争する。

この点は本件における第一の争点であつて、前示第一審原告主張の(1) ないし(7) の内容の事項を月的とする契約が丸亀支店と公団支部長高橋精の名義で両者間に成立したことは前説示したとおりであるが、更に掘り下げてそれが名実共に相互に債権債務を伴う法律上の拘束力を有する契約であるかどうかを判断するには、公団支部長高橋精が前示甲第一号証の覚書及びこれに添えて前顕甲第二、第三号証の各一、二の各売買契約書写を丸亀支店に差入れるに至つた前後のいきさつにつきより詳細な具体的事情を取り上げて当事者の真意を探究するのが相当であると考えるが、この点につき原判決がその二十二枚目(記録第四一二丁)表十一行目以下理由の一の(一)(公団支部と本物件の千係)、(二)(公団支部と本部との交渉経過(1) 、(2) )、(三)(公団支部と南海興業と原告との干渉(1) ないし(5) )の各項ないし同理由二、の末尾即ち原判決二十六枚目(記録第四一六丁)表十行目までに説示するところは当裁判所もこれと見解を同じくするからこれをここに引用する。即ち前示(1) ないし(7) の約定事項は公団支部と丸亀支店との間において法律上の権利義務として相互に債権債務を負担することを所期した契約であると認定するのが相当であると判断するものである。

(ハ)(第一審被告主張の如く本件契約は内容不確定ないし契約成立の当初から履行不能の給付を目的とする債権契約として無効と解すべきか)

前示認定の如く本件契約は丸亀支店の南海興業に対する本件融資契約成立の前提条件として締結されたものでその目的は究極において右融資金回収を確保するにあつたことは疑のないところであるが、保証契約の如く南海興業において不履行の場合直ちに公団支部が右融資金の支払の責を負うという性質のものでなく、南海興業の本件物件の売却処分等により右融資金が優先的に弁済されることを確保するため公団支部において、南海興業を監督すべき債務を負担し前示(1) ないし(7) はこの目的を達成するためになさるべき監督の内容についてその重要事項を定めたものというべく、相互に相関連するもその内容自体不明確というわけではないし、また、履行の能不能の点についても、公団支部において右各事項の実行を期するため南海興業及び組合連合会との間にこれに対応する所要事項を特約せしめているのであるから、その契約上の義務の履行としてこれが実行を所期し得べく、初めから不能の事項を目的とする契約であると謂い難いのみならず、前示引用の原判決の認定事実に徴すれば事実上も公団支部において南海興業に対し前示(1) ないし(7) の内容に遵う有効適切な措置を講じ得べき関係にあつたことが窺える。この点に関する第一審被告等の主張は理由がない。

第三、本件契約の締結が公団の目的範囲外の行為であるか、更にこれに関する支部長の権限について

第一審被告公団は産業資材の買受及びその貸付または売渡をなすことを以てその業務の一とせられていることは原本の存在並びにその成立に争のない乙第六十六号証によつて明らかであるが、本件物資に関する組合連合会と公団支部との買上契約公団支部と南海興業との売払契約は右業務に属するものとして本部の承認をも得ていることは当事者間争のないところである。ところで前記引用の原判決の認定によつて明らかな如く公団支部と南海興業との前示売払契約の成立するに至つた所以のものは公団支部と丸亀支店との本件契約の成立によつて南海興業が第一審原告から本件融資を得て右売払代金の決済に充てることができることになつたためであり、換言すれば、本件契約は公団の事業目的たる前示買上売払契約の成立並びにその円満履行を期する手段として締結せられたものであるから、契約そのものは直接定款に定められた目的事項に該当しないにしても、なお、その目的たる事業遂行のため必要ないし有益な行為として有効たるを失わない。

よつて進んで本件契約につき公団本部の承認を得たものであるか、仮りに本部の承認がなくても支部長の権限でなし得るか等の問題につき検討する。

公団支部と組合連合会及び南海興業との本件各買上契約及び売払契約について本部の承認を得たことは当事者間争のないところであつて、右事実と成立に争のない乙第六号証(阪本正信の検察官に対する供述調書)、同第九号証(高橋精の検察官に対する供述調書)同第十一号証(中西登の検察官に対する供述調書)、同第十五号証(前同人の検察官に対する供述調書)、成立に争のない乙第三十三ないし第三十九号証、第四十ないし第四十三号証の各一、二、第四十四ないし第四十六号証、錆四十七号証の一、二、第四十八、第四十九号証、原審及び当審証人小栗勇喜、同中西登、同高橋精(特に記録第一六二丁表参照)、同橋口信太郎、原審証人内海晴雄、同川谷幸男の各証言(ただし右小栗、中西、高橋、川谷の各証言中後記認定に反する部分を除く)を総合するときは、公団支部が前示連合会との買上及び南海興業との売払契約を締結するについて本部の承認を得るには、先ず南海興業の資金繰りの方途を講ずることがその先決条件であつたため、当時の支部長を始め支部係職員等はこれが資金繰に狂奔し、前示認定の経過により遂に第一審原告から本件融資を受け得るに至つたのであるが、その間公団支部係職員である小栗勇喜、同中西登等は交々上京し、その他往復文書、電報等により本部に対し、前記融に関する第一審原告銀行との交渉経過を告げ本部の力でその助力を要請し、且つ、融資契約成立の一助として公団支部が本部了解の下に丸亀支店に見合頂金をなすことを承認せしめたこと、小栗、高橋等が、丸亀支店に対し、融資成立の前提条件となつた本件契約を締結するについては、すべて本部も諒解済であると告げて、強いて融資を懇請し、若し容れなければ公団の預金を全部引払うことになるかもしれないと多少脅迫がましい態度に出でたこと、本件契約成立の翌日たる昭和二十四年十一月三十日頃本部は支部対南海興業間、支部対組合連合会間の契約書写を添えた報告を受け、該報告書中に代行手数料に関し「大和製糸専務は南海興業の販売現地に出張、販売状況を監視し、売上金の入金確保(銀行側の要請)に資するのであるが、同経費は本手数料中より賄わしむ」との記載あることが認められ、右に添えられた契約書写には前顕甲第二、三号証の各一、二における如く公団支部が第一審原告銀行に対する本件契約の履行を期するため、組合連合会及び南海興業に対して約せしめた所要契約条項が記載されている筈であり、本部が、これに対し支部の越権行為として何等の善後措置を講じた事跡を認め得ないのであつて、以上認定の諸般の情況証拠から考察すれば、公団本部としては、本件買上並びに売払契約に附帯して公団支部が丸亀支店との間に前示趣旨の契約を締結することを了知しながらこれを黙認していたものと推認するに難くない。前記引用の各証人の証言中には本部は支部が第一審原告と本件契約を締結するにつき何等関知しなかつたような供述はあるが、右はかかる契約の締結につき本部決済の正規の手続を経ていないことに藉口してなす遁辞と解する外なく、到底措信できない。してみると公団支部長の権限の有無につき判断を加うるまでもなく、第一審被告公団は公団支部のなした本件契約につきその法律上の拘束力を免れ得ないというべきである。

第四、本件契約の不履行の実状と損害発生との困果関係の有無並びに過失相殺の抗弁について、

これらの点に関する当裁判所の判断は左記の点を附加する外原判決理由中五以下即ち原判決二十八枚目(記録第四一八丁)裏十行目以下同三十三枚目(記録第四二三丁)裏五行目までの説示をここに引用する。

要するに公団支部と第一審原告銀行との間に本件契約が成立してから、公団支部の執つた措置が著しく背信的でその選任した代行商社大和製糸西山専務のなすがままに放任し、その契約違反の実状が前示引用の原判決の認定説示の如くであつた以上結局第一審原告の南海興業に対する本件融資金千四百九十二万五千円の回収不能によつて蒙つた損害は究極するところ、公団支部の前叙契約にもとづく諸々の義務不履行が相互に関連錯綜して生じた結果に帰因するものと認めるの外なく、仮りにかかる損害がいわゆる特別の事情により生じたものとしても、上来認定の諸般の経過事実に照らせば、当事者においてこれを予見し少くとも予見し得べかりしものというに妨げない。そして、控訴人等の主張する如くせんい品の下落や訴外第百十四銀行の措置も亦代金回収を困難ならしめた一助因であつたにしても、これがため前叙因果関係の中断を招来するものと解し難い。(公団支部において誠実に本契約の趣旨を履行するも、なお、かつ本件損害が発生したであろうというような特段の事情はこれを肯認するに足る資料はない)。また、丸亀支店の債権保全の態度についても、引用の原判決の認定にもあるとおり、元来本件は、公団支部の強い要請によつて交渉が始められ、丸亀支店においては、一に公団支部の約旨にもとづく措置に信頼し、形式的には本件物資を担保としたものであつても、南海興業の販売手取金の回収についての監督、坂出臨港倉庫の洋服生地の出庫並びに処理等一切をあげて公団支部に任かせたものであつて、当初より担保権の実行を所期したものでなく、丸亀支店自らは僅かに販売代り金として受取つた約束手形等の取立を委託せられたに過ぎないのであるから、担保権実行の挙に出でなかつたことを以て自己の債権の保全に力を尽さない過失ありといえないのみならず他方公団支部のとつた措置が著しく背信的で契約不履行の実状前示の如きものであつた以上本件損害の発生が丸亀支店の債権保全の措置宜しきを得なかつたことによるもので、公団支部の不履行と因果関係なしとか、或は債権保全に万全の措置をとらなかつた故を以て賠償の責任及び額について過失相殺を主張する控訴人等の抗弁は専ら自己の非を蔽うて他に転嫁せんとするものであり、信義公平の原則上からも到底採用できない。なお、西山の無資力でない限り第一審原告は同人に対し賠償請求をなし得べくこの限度で損害はまだ発生していないという控訴人等の主張についても西山の無資力であることは成立に争のない乙第二十四号証によつて明らかであるのみならず、西山個人から本件損害について未だ何等の損害の填補を受けた事跡のない本件においては、右主張は失当であること多言を要しない。

第五、結論

以上説示したところによると、第一審被告公団は、第一審原告に対し、本件契約不履行による損害の賠償として、回収不能になつた前示融資金に相当する金千四百九十二万五千円を支払う義務があり、第一審原告が公団に対し昭和二十六年六月十八日右債権の届出をしてその履行を催告したことは、当事者間争なく、本件契約は銀行である第一審原告が、その営業のためなしたものであるから、商行為より生じた債務というべく、これが債務不履行による損害賠償についても、公団はこれに対する右催告の翌日以降商法所定の年六分の割合による遅延損害金を附加して支払う義務あることも当然であつて、第一審被告公団において右債務の存在を争う以上これが即時確定の利益ありというべきである。

ところで、公団は昭和二十六年三月三十日政令第六十一号産業復興公団解散令により同年同月三十一日解散し清算に入つたので、第一審原告は同年六月十八日本件債権の届出をしたが、公団はこれに応ぜず残余財産(第一審原告等の自認するところによれば、総額十九億五千百五十三万余円、うち、常用金十億五千六百四万余円)を国に引渡して、清算結了の手続を済ませたこと(その登記は、昭和二十七年四月二十六日)は、当事者間争のないところであるが、前記解散令第十二条第二項によれば、清算人は、公団解散に伴う公団債務の処理にうき争ある債務を含むすべての債務の弁済に必要な財産を留保すべきことが要請されているのであるから、公団が第一審原告に対し係争中の本件債務存する以上清算結了の登記あるも実体上清算の目的の範囲において、なお存続するものというべく、右債務弁済のためには、さきに国庫に引渡した財産中から右金額に相当する金員の返還を求め得る筋合(この点は第一審被告等も争わない)である。

よつて、第一審被告公団が、第一審原告に対し、前示金一千四百九十二万五干円及びこれに対する、昭和二十六年六月十九日以降完済まで年六分の率による遅延損害金(第一審原告は当審において、適法に右遅延損害金債務の起算日を右のとおり減縮した)の支払債務あることの確認を求める第一審原告の請求並びに右債権保全のため、第一審被告公団に代位して、第一審被告国に対し、前同一の金員の支払を求める第一審原告の本訴給付の請求(請求の減縮については前同)はいずれも正当として、これを認容すべきであつて、原判決が第一審原告の本訴請求を一部棄却したのは失当であるから、この部分を取消し、なお第一審原告が当審で、適法に請求の一部を減縮した部分については右の限度で第一審判決は、当然効力を失つたのであるが、これらの関係は明白ならしめるため、原判決主文第一、二を本判決主文第二、三項表示の如く変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十三条を適用し、なお、仮執行の宣言を附けないのを相当と認め主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川昌勝 坂本謁夫 中村匡三)

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